saryの日記

つよがりで、がんばり屋さんな女性たちへ。肩の力をぬいてもあるけるようになるための日記☆ボイジャータロットから連想する気づき☆

中途半端で気まぐれで、でもそれでいてもいいと思えたなら

 

 

もし本当に好きなことなら

毎日やりたくなるし

仕事でどんなに疲れていてもそのための時間を取りたくなるんじゃないか?

という風にずっと思っていた

だから

生活に余剰の時間がないと取り組もうとしない好きなことは

本当の意味では好きと言えないのではないか?

と思っていた

 

わたしが一番左右されるもの

それは時間があるかどうか

余裕や余剰があるかどうか

 

時間がきつきつな時

好きだと思っていることでも

やろうなんて思えなくてしょっちゅうサボっている

その時間をだらだらと過ごしてしまう

時間がある時でも

気持ちや体力に余裕がないなら同じだ

 

どちらかというと気まぐれだ

好きな事にも

好きな人にも

何に対しても

 

それじゃあいけないと思っていた

どんなに大変でもそれに対して時間と気持ちを割く"べき"で

それがホンモノだと・・・

でもそれは

わたしには無理らしい

とようやく気がついた

 

それぐらいの本気度でも

好き度でも

いいのだと思うことにしよう

比べることはない

 

そのまんまでいよう

今日は

ううん

自分の人生を生きてみるって

そういうことだ

 

好きな事が

生活や時間に余剰・余裕がないとできない

それなら

そういう生活ができるようにするだけなんだ

自分を誰かのスタイルに当てはめなくてもいいんだ

 

もしそれで

路頭に迷うとか

仕事減らす分周りに迷惑かけちゃうとか

非常識だとか言われても

(大抵、そう言ってくる人が非常識だったりする・・・自分含めて)

今を生きるために変えよう

(大抵、何とかなるものだから)

 

今の自分はなんだかこわい人だ

余裕がなくて

きつくて

厳しくて

がさつで

なあなあで

とても好きになれない

 

細部まで行き届いた居心地のよさ

ゆったり構える大らかさ

を目指してたいのに

真逆に向かってしまっている

何が足りない?

それはやっぱり余裕・余剰だと思う

気がついたから変えたい

 

この数か月は

そう気づくための機会だったのかな?

だったらそれほど悪くはない

 

変えるって

滅茶苦茶パワーを要する

ひと段落するまで辛抱がいるけれど

やってみせる

ううん

そうできると勝手に思っている

 

そんな身勝手さと気まぐれさと傲慢さを持つ

子どものようでいよう

今だけは

でなければきっと走り切れない

 

 

 

2018.8.25「Fool Child」