saryの日記

つよがりで、がんばり屋さんな女性たちへ。肩の力をぬいてもあるけるようになるための日記☆ボイジャータロットから連想する気づき☆

「好き」という言葉がプレッシャーになるときもある

 

 

なんだか苦手で、なんとなく嫌な人、というのはやっぱりいるもので

そういう人が側にいる時、好きなことをやっていても、やる気がサーッと失われていくときがある

「仕事なんだから」「プロなんだから」と礼儀正しく愛想よくしていても

やる気を失っていることが現実

 

でも、それを気づかれてはいけない

そんなことないように自分に暗示をかけないといけない

" わたしにはやる気がある、想いがちゃんとある”

それこそ「仕事」で「プロ」なら、そう見せなくてはいけない

見る人に夢を与えるような振る舞いをしなくてはいけない

 

と思っていたけれど・・・

作業そのものはちゃんとこなしているなら

とりあえずOKにしてもいいのかも?

 

わたしを見る人が、わたしに望むことは?

(見る人=お客さま、雇い主、上司など)

やっぱり一番は、しっかり作業してくれることなんだと思う

 

たとえば、自分が何か物を買う時、ちゃんとお金の授受がされることと商品を確実に渡してくれることを一番に望む

たとえば、コンサートに行った時、出演者がきちんと演奏してくれることを一番に望む

 

相手が作業を放棄していないということ

そこに相手の気持ちがどれくらいのっているかは・・・案外気にしていない?

もちろん、気持ちのいい接し方をされればうれしい

ただそのとき、相手がMax100の気持ちでなくても、いいものはいい

「いい」といえる質を維持できるかが仕事でありプロ?

 

 

 

いつも変なところで空回りする

" 常にMax100の気持ちで好きなことをしないと好きとは言えないんじゃないか・・・”

それって現実的にムリ

気持ちをコントロールするのは至難の業だし

気持ちを演じるのはつらい

 

気持ちを演じなくても

好きなことに変わりはない

だってそれに向かってなんだかんだと手を動かしている

投げ出すことをしていない

 

そうそう、作業を放棄せずにこなしていること自体、少なくとも気持ちがあると思っていいんじゃ・・・?

そこに気持ちがあるかどうかって、「その時」にあるというよりも、「それまでずっと」にあるということなのかもしれない?

 

 

 

今日ひいたカードは「Hermit」=隠者

隠れた想い、と思った時浮かんだのは

好きなことでもやる気ない時はないんだよね・・・というすこしばつの悪い感覚

「好き」という言葉がプレッシャーになるときもあるんだよね・・・

 

 

 

 

2018.4.14「Hermit」

 

 

 

 

 

 

 

 

●ご案内●

 

Instagram

saryの日記、音楽版はこちらからご覧いただけます

saryの日記・音楽版 (@sary_diary) • Instagram photos and videos

60秒ミュージックを配信しています

 

 

Twitter

saryの日記 (@sary_diary) | Twitter

日々のことやライブ情報など、ゆる~く何かを発信しています