saryの日記

つよがりで、がんばり屋さんな女性たちへ。肩の力をぬいてもあるけるようになるための日記☆ボイジャータロットから連想する気づき☆

一人になってもやり続けようと思ったから、今それをやっている。

こんばんは。

今日のカードは「Harmony」=調和。

いろいろな楽器が描かれているカード。

これを見ていると「どれを選ぶの?」と思い浮かびました。

なので今日は、「どうしてそれを選んだの?」→「一人になってもやり続けようと思ったから」ということをつづってみたいと思います。

 

 

 

やってみないと分からないことって、結構あります。

 

私はピアノを弾くけれど、実は昔、エレキギターも弾いていました。

大学の頃に軽音楽部に入部して、最初はキーボードだけ弾いてたけれど、周りの人がギターやベースを弾いているのをみていると「自分もやってみたい!」と思ったんです。

そうして、安いストラトキャスターエレキギターの機種名)を買ってきて、バンドを組んで、エフェクターもそろえて。そのうちにギターをムスタングに買い替えて、オリジナルバンドも組んで、CDも自主製作して・・・そんなこんなで7年ぐらいはギターも弾いていたんです。

ピアノも続けていたので、2つの楽器を抱えている状態でした。

 

楽器は違うけれど、音楽は同じ音(ドレミファソラシド)を使います。

なので、音符をとらえたり曲(楽譜や構成)を読むのはどちらも同じように感じだからいいのですが、指の動きは全然違うので、上達するにはやっぱりどちらも練習が必要です。

 

学生の頃ならまだしも、社会人になっても練習や活動を続けるには、かけられる時間にもお金にも気持ちの余裕にも限りがあって、どちらも練習が中途半端になっていたような時期があります。

そんな中で、結局はエレキギターで参加していたバンドは活動休止します。ピアノで参加しているバンドも、活動頻度は少なくなっていきました。

でも、だからといってギターもピアノも弾かなくなってしまって、でもいざ久々にやろう!ってなったら大変だから、どちらもやっておこう、としばらく思っていました。

 

ただ、たとえば「●月●日にライブ!」と明確な目標があれば頑張れるけれど、ないとだらけるんですよね・・・

今日は練習やらなくてもいっか、という日が結局は何日も続いて、気づけば全然楽器に触ってないとか・・・

 

中途半端なことってなんだか嫌だし、やろうやろうと思って結局やらないって自尊心を低くするんだと思います。

何回も「今日からがんばろう!」「今日からまた始めよう!」と思い立って、でも3日坊主で・・・というのをしょっちゅう繰り返していました。

喉に何かが引っかかっているような詰まりを、余計に感じました。

 

そんな中で感じたのが、楽器2つは自分には荷が重い、ということ。

時間のこともそうだけど、もっともっと技術や表現を磨くにはどちらかに集中した方がいい気がすると、漠然と感じていたんです。

別に趣味ならそこそこでいいんじゃない? と思う人もいるかもしれないけれど、私は変に凝り性だから、そこそこというのが苦手。こだわれるならとことんやりたい(苦笑)。

そこで、得意でバンドもまだ続いている方のピアノを選んで、ギターはもう弾かない、と決めたんです。

 

それでもしばらくは、やっぱりギターも・・・と思って弾くこともあったんですが、だんだんと分かってきたんです。

「ギターは過去の栄光の象徴で、今あるこれは未練だなぁ」って。

 

ギターで参加していたバンドは、メンバーがみんな先輩方で、上手で、センスもよくて、サークルの人たちから一目置かれるような人たちでした。

その影響で、自分も周りからずいぶんキャッキャッしていただいて(笑)、それが自慢でもあり自信の基でもありました。

でも、それは大学の頃の話で、その頃出入りしていたコミュニティ内の話で、一歩外に出れば私はただの人。

 

大学は県外にある所へ行っていて、卒業後は地元に帰って来た時、「一人では何もできない」と痛感しました。

何者でもない人、というのが無性に心細く感じたなぁ・・・(別に大学の頃すごいわけでもないけれど(苦笑))

活動休止となったのは地元に帰ってきてから1年後ぐらいの時で、言われたときは目の前が暗く感じたなぁ・・・

 

どうしよう・・・一人になってもやれる? やり続けたい??

 

自問自答して、答えは出せないままでいたから3日坊主状態で。

あと認めるのが何となく悔しくて。

それでしばらくギターも弾いていたけれど、結局最後は「ギターはもうやらなくてもいいかな」と、スッと感じる時がきて、弾くのをやめたんですよね。

それで「過去の栄光の象徴で、今あるこれは未練だなぁ」と思い至ったんです。

 

 

それ以来、私の中での、物事を続けるかどうかの判断は「一人になっても」やれるかどうかです。

 

なお、ピアノを弾き続けているのは、自尊心を取り戻すためで、また高めるためのようなところがあります。

「いい曲を作りたい!」とか、「人に届けたい!」という気持ちもあるけれど、それだけを純粋に強く思ってやっているわけではないんです。

 

つよがりを本当のつよさに。

かっこつけをかっこいいに。

そのために、一人でもできることを自分に対して証明するのが必要というか・・・今の私には続けられるものが必要で、そこから基盤をつくっている感じなんです。

 

もちろん、人からチャンスをいただいたおかげで人前で演奏ができるので、全く一人ってわけではありません。一人ではできないことの方があります。

ただ、演奏の時は一人だから。

照明さんや音響さん、企画の方、お客さまはいるけれど、弾く手は自分の手しかないから。

一人で立てる自信をもっとつけることで、自由でのびのある演奏につなげたいんです。

 

 

どこに行っても、自由でのびのび楽しめるようにワタシになりたい。

 

 

「どうしてそれを選んだの?」と思えば、「一人になってもやり続けようと思ったから」ですが、その先にあるのは「どこにいても自由にのびのび楽しんでいたいから」なんです、きっと。

 

 

 

2018.3.21「Harmony」 

 

 

 

 

 

 

 

 

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