saryの日記

つよがりで、がんばり屋さんな女性たちへ。肩の力をぬいてもあるけるようになるための日記☆ボイジャータロットから連想する気づき☆

繰り返すことで、純粋になっていく

こんばんは。

それとも人によってはおはようかな?

今日も日記をつけたいと思います。

 

今日のカードは「Equanimity」

青と紫の澄んだ色が美しいカード。

連想されるのは、原石を磨いたら宝石が生まれたいうこと。

それで思い出したのが・・・

 

 

先日、フィギアスケートの羽生結弦選手が出ているCMを目にする機会がありました。

その中で彼は、「繰り返し練習することで、演技がとても純粋なものになっていく気がする」というようなことを言っていました。(一言一句、正確には覚えてないのでたぶんですが)

ちょうどオリンピックで金メダルをとられた前後に見たCMだったので、えらく説得力があって、心に残っています。

 

 

昨日の日記では、「自信はいつつくの?」→「走りながら経験を積むしかない」ということを書きました。

自信は、走りながら、経験しながら、気がついたらついているもの。だからそもそも、自信をつけようだなんて思わなくていいんじゃないか? と最近思っています。

というより、自信がどうのこうのと悩む時間があるのだったら、その分何かをしていた方がいいんじゃないか? と最近自分に対して思っています。

 

自信がなくて・・・という時は、ぐるぐる悩んで不安を自分で煽っている状態なことが多い気がします。

脳科学自己啓発の本を読むと、不安は、視覚化できていない=言葉として見えていないと起こりやすいそうです。認識でないものに人は不安を覚えやすいんだったかな?

だから、悩むことや不安が増幅することを止められない時は、紙に書き出すようにしています。

 

 

この日記も、そういった意味もありつけています。

書くことで、自分のことを他人目線で見るために。

見える形にして、何をどうすればいいのかや、自分て今何を考えているの? 何を感じているの? を吟味するために。

 

 

これは、何かを習得しようと練習するときも同じ。

私なら、たとえば今、モーツアルトソナタを優雅に弾けるようになろうと練習しています。

最初は楽譜をみて音を指でなぞる。曲に合わせた指の動きを体に覚えさせる。強弱やタッチを意識する。フレーズの始め方や終わり方に意識を向ける。モーツアルトらしい軽やかさや優雅さを表せるよう弾き込む。

ざっとこんな感じで進めていくのですが、それぞれの過程で必要なのは「繰り返すこと」。

 

数をこなさないと、指が動きを覚えないし、曲のイメージがつかめないし、暗譜できないし、音楽の流れを生むなんてできません。

繰り返すことで、意識しなければできなかったことが、意識しなくてもできるようになります。体や感覚が覚えているから、「自然」とできるようになるんだと思います。

すると、やっぱりというか、澄んだ音だ出せるようになります。

余分な力が入っていない、適切な力で適切な動作で出す音は、やっぱり「自然」な音。ピアノ本来の音。木のような温もりのある音。

 

 

雑音や雑念、不安は、一生懸命に意識している段階では消えないものなんじゃないか? そう思っています。

動かしたり、見える形にしたりすることで、それらを意識から放してあげられるんじゃないか・・・

そうそう、不安が自分を縛っているんじゃなくて、自分が不安を放そうとしていないだけだったりします。

だから「この先自分はやっていけるのだろうか?」と不安になって、ぐるぐるし始めたら、原点回帰。音楽をどんな形であれ続けたいなら、「弾けることがすべての土台。とりあえず練習しよう」とか、「新曲作ろう」とか、「目標を書き出してみよう」とか、動くようにしています。

 

もちろん、考える時間もとても大切です。

ただ、不安の無限ループに陥っているなぁと思ったら、意識をそこから放した方がきっと健全なんだ。

 

 

何でも、繰り返すことで、それが自分にとって「自然」になっていきます。

自然界のものって、たとえばまさに鉱物がそうだけど、とても完全な構造というか、きれいなカタチを持っているように思えます。

だから「自然にできるようになること」は、大きな力、それこそ大きな自信につながっていくのだと思います。 

 

だから、自信をつけたいと思うなら、やるべきことは1つ。

繰り返しやること。

自分にとって自然になるまで。

そうしたらきっと、不安を手放してあげられるし、自信もついているんだろうな。

 

自分に言い聞かせたいことを、今日は書きました。

 

 

2018.3.7「Equanimity」