saryの日記

つよがりで、がんばり屋さんな女性たちへ。肩の力をぬいてもあるけるようになるための日記☆ボイジャータロットから連想する気づき☆

止めようと思ったとき、ホッとするなら、適っているんじゃないかな??

夏の繁忙期が過ぎて

ここ2,3日の気候もやけに涼しくて

ちょっと力が抜けてしまう今日この頃

ひいたカードは「Lovers」

二つで一つの形を成す、というのが真っ先に浮かんだ

 

"今の自分にとってイヤことは

結果的には

未来の自分にとってイイことになる"

と言えば心は落ち着く?

正直、それは渦中にいるとき無理だろう

(私は無理だった)

 

イヤなことがイイことだったと思える時

それは"止める時"なんじゃないかと思った

 

今あるイヤなことを

もういい加減に止めてしまおうと思った

思ったらどうなったか?

心がストンと落ち着いてしまった

 

それは何というか

やる気がなくなったような感覚に近いのだけど

"あーわたし、もう此処でがんばらなくてもいいんだ、ホッ"

という感じ

 

結局、やってみないと分からない

"此処でならがんばれる!(=がんばりたいと思えるはず!)"

と思って飛び込んだ世界がそうでもなかったとわかるのは

やっぱり飛び込んだからわかること

何もしなかったら、憧れのまま夢想で終わっただろう

あの時もし・・・なんて思って

 

歩の大きさは、やるとやらないではきっと違う

夢を見るのと夢を生きるのは違うこと

その違いを経験したから

軌道修正ができる

変化も

新しい取り組みも

やったからこそ生まれることなのだとしたら?

 

これまでの取り組みすべて

今やっていない(やめようとしている)ということは

結局はやめたわけで

その度にホッとしては「さあ次!」みたいに事に取り組むんだけど

半面とても中途半端な気がして

自己嫌悪になることがよくある

"こんな歳にもなって・・・"

"なんでいつもこうなんだろう・・・"

 

でも、それが自分だから

"いろいろトライできる環境と性格と能力があるからこその生き方"

と思えば、それほど悪くないはず

 

というより

"だからこそたどり着く場所"

に行くまでの道のりだとしたら

過程・渦中にいる今

自己嫌悪になるのはまぁ仕方のないこと

 

要するに今日思ったのは

ある選択をして

ホッとするならおそらく・・・

まぁその選択は妥当なのだ

それで自己嫌悪になったとしても

それ以上に安心感があるなら

その選択はきっと自分に適っていると思いたい

 

 

2018.8.20「Lovers」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原石

 

"あなたの原石は何??“

 

f:id:sarydiary:20180728203816j:plain

 

 

今日のカードは「Brilliance」

夕暮れにクリスタルが浮かぶカード

 

輝くために必要なのは

私は何を磨こうとしているのか?

磨いてきたのか?

ということなんじゃないかと、カードをみて思いました

 

それは技術だったり、知識だったり、教養だったり、人格だったり…

まぁいろいろ、人によって対象のモノは違うと思います

 

技術を磨けば

要求に卒なく応えられるようになれば

いい人になれば

・・・・・・

 

違うなと思いました

わたしの原石って、きっとそういうものじゃない

もっとこう、自分としては何だか嫌だなと思うんだけど、やっぱりそうなってしまうという「myパターン」にある気がしました

 

それは

・きっちり正確に仕事をこなしたい

・丁寧に一つ一つ仕上げたい

・フレンドリーさよりもビジネスライク

・決めていいならさっさと自分で決めてしまいたい

という欲求

 

 

結局、個人事業主フリーランス)になってよかったのは、会社特有の「誰かがやってくれる」「誰かが判断してくれる」という"たらい回し・先手が打てない・腰が重い"ということがなく、全部自分の裁量で進められることだと思いました

 

その分大変だし、言ってしまえば失敗(事業継続しなかったという意味で)に終わったのだけど、やっぱり「丁寧に」「どんどん決められる」というのはとても自分に合っていたのだと、会社勤務の今よくわかります

 

きっちりし過ぎるのは、関わる人にはおそらくきつい感じかなと思います

じりじり追い詰めるだろうし、なんだか陰険だなとか思って、自分でちょっと嫌だと思ってます

他人の粗が目についてイライラして、自分の丁寧さに欠ける行動にイライラして・・・

 

そう思って、ゆるくゆるくいよう、なんて最近考えていたけれど、やっぱり性格がそうじゃないから無理で(苦笑)

あと、「私たち仲良しです!」なノリがうんとめんどい(苦笑)

たまにならいいけれど、常にそんな環境は億劫

 

そんなことしなくても、仕事がちゃんと回ること考えて動けば、自然とお互いに思いやりができると思うのだけど・・・理想論かな

 

人によく思われたいから「易しい人でいよう」なんて、演じようだなんて、そのうち無理が来るよね・・・

 

 

 

否定しないでおこうと思います

きっちりしたくなるわたしを

八方美人な自分を

 

他人の粗が気になるのは、自分が自分に対して否定的だから、余裕がないから、ともちょっと思うのです

 

 

 

9月には、また状況を変える

「変えるなら自分から」とよく言うけれど

変えてまでいたい場所なのか?

という自問をした方がいい気がしています

 

それはおそらく傲慢なのかもだけど

無理して合わせる必要度はどれぐらいなのか?

他人や環境との相性もあるしね・・・(前の職場で経験済み)

 

自分の感覚に抗わないこと

キモチワルイなら

ムカツクなら

ミサゲタクナルなら

それに蓋をしないこと

 

・・・・・・

って随分とネガティブな感じですが

だからこそわかること

「このままここに居たらおかしくなる」

 

 

 

ずっと同じ状況だとわからないことも、状況を変えると「あ、そうだったな」とわかるもの

今がそんな感じ

 

曲げたくないことこそ、原石なのだとしたら

・きっちり正確に仕事をこなす(=集中してやる)

・丁寧に一つ一つ仕上げる(=事に向き合う)

・フレンドリーさよりもビジネスライク(=適度な距離感)

・決めていいならさっさと自分で決めてしまいたい

 

総じて「一人が好き」なのが、わたしの原石な気がする

一人って孤独で付き合いがダメな人のイメージがあって、それじゃあだめだ!と思っていたけれど(小中のいじめ体験のせいかな、たぶん)、もっと肯定的に見ていいのだと思う

きっとそれが、今のどうしようもない閉塞感から脱出するためのヒントな気がしています

 

 

 

2018.7.28 水瓶座満月

損なことをしているなと思ったら、自己投資に切り替えたし。

 

 

しばらく書く気力がなくて、でも今日はなんだか書きたくなって。

だから久々の日記です。

 

さて、フリーランスを辞めて正社員で働き始めて丸2か月が経ちました。

ついこの前、嫌な出来事があって、本気で辞めようと、今も考えています(苦笑)。

何があったか?

自分としては仕事をしているんだけど、人から見たらさぼっているように見えたらしく、「仕事しなよ」って言われて、すっごく腹が立ったし傷ついた事がありました。

モチベーションはがた落ち。

職場への、いろいろ耐えていた不満が決壊して心に流れ込んで、おかげで1週間ぐらい、モヤモヤ度Maxで過ごしていました。

 

それは、開きかけようとした花が、目印にしていて太陽を隠されて行き場を失って、だったらいっそ…と固く閉ざしていくような感じ。

 

仕事をしている・していないは、見た目では判断できない。

椅子に座ってパソコンに向かう仕事もあれば、掃除みたいに体をフルに使う仕事もある。

大変さはそれぞれ違うし、疲れる部分も違う。常に同じ濃さで仕事をこなすのも無理で、みんないろいろ理由があって、緩急を自分でコントロールして仕事している(と思う)。

それはわかっているはずなのに…自分が頑張っているときに「同じように=同じ濃さ」で動いていない人を見ると、さぼっているとか思っちゃうのはなぜだろう??

 

「自分は悪くない!」

とか

「自分が損するのはいやだ!」

とか

心の中から聞こえた気がします。

 

それがわたしの本音なんだなと思う。

そう、まだまだ自分にとって自分が一番かわいいんです(苦笑)。

 

ルーズな仕事っぷりが嫌いで、だから仕事がルーズな人・職場は苦手です。

(実は今の職場がかなりそう)

人柄がよくても、仕事となると嫌気がします。

理由の一つはたぶん…「自分が後始末をするのはいやだ=損な役回り」が嫌なわけです。

 

嫌なのは、過去に苦い経験がたくさんあるからだと思います。

人数合わせで学校の選挙に出させられて当日失敗したり、クラスの音頭役を引き受けたら仲間外れになったり、勤務形態に見合わない仕事を「だってできるんだから」という理由で任されたり…

 

うーん、損したら嫌だなって思うのは、他人のためにやっているような…

損してもいいや!って思えるのは、自分のためにやっている時だったりするから。

 

 

モヤモヤが煮詰まったこの前の夜、タイミングよくお会いしてお話させてもらった方が、「今の経験も次に活かせるから」と言ってくれました。

そっか、つまりは「自分への投資」と思ってみればいいのだと、今日は思ったわけです。

 

そんなにあっさりと気持ちの切り替えはできないけれど、投資と思えばリターンを描きたくなるもの。

私にとっての「次」は何なのか?

どの道につながっていくのか?

いきたいのか?

本当はどこなのか?

探るためにも、しばらく日記につづってみたいなと思っています。

 

 

感情が波打って

ひどく落ちてしまって

笑ったり愛想をなくしたりしてしまっても

落ち着いてきたその時に

また花を開くチャンスが見つかると思うことにする。

f:id:sarydiary:20180707204603j:plain

 

 

ふー。

「辞める」前提でしばらくいろいろ保留。

わたしの場合は、その方が物事を冷静にみられるようだから。

つまりは、視点を変えてみないと、冷静な判断できないよね?と自分に思ったのでした。

 

2018.7.7 Equanimity

 

 

 

人に変化を求める前に、できること。自分が変えられることがあるならまずは変えてみる。

 

 

久々のブログ。約1か月振り?

今日のカードは「Fortune」-運命の輪。

運命の輪を回す手は、いったい誰の手だと思う?

わたしは、やっぱり、「自分の手」だと思うんです。

 

f:id:sarydiary:20180614203607j:plain

 

 

フリーランスを辞めて、ベンチャーに勤め始めて1か月たちました。

正直言って、つらい。

仕事量は半端ないし、時間は長時間だし、人間関係を構築するのだって大変。

バックグラウンドの違う人と何かを作り上げていくというのは、とても大変なことなのだと、久々に痛感しています。

どのレベルで仕事できているのか? ということではなくて、人に対して変化や改善、承認を要求するなら、まずは自分から動いていかないと人はついてこない、と思う場面が多くて、やきもきしている感じ。

人を見ていてもそう思うし、自分自身もそう。

 

聖人君子ではないのだから、やきもきが昨日はちょっと煮詰まって、ポロポロしてしまった(苦笑)。

以前なら、弱さを見せるのはいけないと思っていました。

そんな姿を見せて同情されても嫌だなとか、変に気を遣われたら(腫物的な)嫌だなとか、「あんなことで泣くなんて被害者妄想じゃないの?」と思われたら嫌だなとか…

 

でもなんだか、今日、職場の人が気を遣ってくれたことが素直にうれしいというか、こそばゆいというか、ありがたいなと思いました。

そうだよなぁ、頼っていいんだよなぁみたいな。

自然に気を遣われるというのは、心地いいものだなと思いました。

 

あと、煮詰まって弱っている感じを外に出したことで、「問題が今ここにあります!」とシグナルを出せて、回りに気づいてもらえたようで、よかったのかもしれません。

 

問題は、誰か一人のせいで起こるものでもないし、関係者がちょっとずつ歩み寄らないといけないはず。

でも時々、「あの人が・・・」と標的をつくってしまっています。

要は責任転嫁。

自分が働きかけること・変われることもあるはずなのに、できないからって相手のせいにする・・・

すると余計にやきもきする・・・

 

おそらくずっと、わたしはこの“やきもき”に振り回されてきた気がします。

人は変わるなんて、そうそうできない。

性格はもちろんそうだけど、考え方や、態度や、口調や、仕事の仕方や。

なのに求めて、すぐに結果を求めて、求めたものがこないと怒る。あきれる。不信になる。

そんなループにいるのにも、もういい加減飽きた・・・

毎回毎回思うのに、ループを止められない。

その理由は・・・??

 

 

信じるってなんだろ?

変化が起きることを待つことも、信じるには含まれるのかな?

相手が自分とは違うバックグラウンドを持っていることを忘れないことかな?

相手も不安なのだと、忘れないことかな?

 

 

今日はふたご座新月

「人に変化を求める前に、できること。自分が変えられることがあるならまずは変えてみる。」

それを胸に誓ってみたいと思います。

 

どうせすぐできなくなる、と少し思ってしまうけれど、何回も思って、時間をかけて進むだけ。

だって器の大きい人に、わたしはなりたいんだもの。

その理由はまだよくわからないけれど、直感的に思う。

だから今の職場に縁があるのだと思う次第です。

 

 

今日はまとまらないブログでした。

 

 

2018.6.14 Fortune

 

 

思いついた時はきっと、そうできる準備が整ったということだと思う。

 

 

 

地方に住んでいると、ときどきこう思う。

「あの時、無理にでも東京に出ていたなら、自分の人生は変わったんだろうか?」

 

f:id:sarydiary:20180515224924j:plain

 

3年と半年前、地元を離れて東京に行こうと思った。

当時、行き詰まっていて、人生を違う方向に開く方法としてそう思った。

環境を変えて、仕事を変えて、家族から離れて・・・そうすれば変われると思った。

 

知り合いのつてをたどり、東京で仕事している人を紹介してもらって、日帰りで何度かその会社に出向いて話を聞いて仕事を少しお手伝いしてみたけれど、結局やめた。

 

理由はいろいろ。

知り合ったその人とウマが合わなかったこととか、仕事があると聞いていたけれど実は全然当ても何もなかったこととか、押し付けられるルールに耐えられなかったとか・・・好感度ゼロからの嫌悪感と怒りに印象が変わった時、そこからは離れた。

東京の密度も無理に感じた。人の数もだけど、建物の数、広告の数・・・狭苦しく感じて、息が上手に吸えない・・・自分のスペースが、立っている所分しかないような感覚。

 

今思うと、東京に行こうと思っていたあの頃は、若気の至りというのか、恥ずかしいし消し去りたい出来事のように思う。

結局は考えなしで勢いで動き出して、おいしい話に乗っかって誰かに寄りかかって楽したい気持ちもやっぱりちょっとあって・・・詰めとか考えが甘かったんだよね(苦笑)。

 

それは今も変わらないかもしれない。

結局は、直感で動くから詰めが甘い。

周りの人に迷惑もたくさんかけているだろう・・・

フリーランスの時もそうだし、転職した今もそう。

感情も行動もコロコロ変わっていく・・・

でもそれは、東京に出ていても同じだったように思う。

 

 

 

5年ぐらい通っているエステサロンのオーナーに、今日、こんな感じの事を言われました。

「あなたはアーティスト気質って言うの?一般の人が考えたり思ったりしない生き方をやるよね。(いろいろ始めるし、内容も変わっていくから)結局何をやりたいのか、どこを目指しているのかわからなくて危なっかしい感じもするけれどね(苦笑)」

「東京で流行っているファッションが地方だと手に入らないとしても、別にそれはその地域が遅れているということじゃない。自分に似合うもの、好きなものを着られている方が大事なことのように思う・・・。音楽もそうだよね。特にあなたみたいにオリジナルだと。東京のアーティストだから良くて地方のアーティストだからダサい、とかそういうわけじゃない。そういう物差しで見るようなものじゃないし・・・自分の感性とか、この地域に住んでいるならではのこととか、もっと出していいのかもよ?」

 

 

これは、「地方の人の中には、東京でない(都会にもまれていないというのか・・・)ことにコンプレックスを感じていることがある」と、自分のことを含みつつ話したのがきっかけ。

どこか、音楽でも仕事でもアイデアでも、自分のセンスに不安を感じていて、その理由の一つが3年と半年前に結局は東京行きは無理だと感じたこと。

逃げたように感じていたこと。

ライブするとき、アイデアを出すとき、「自分がこの場所に立ってもいいのか?」という漠然とした不安を感じることがある。きっとそこからも来ていると思う。

 

 

 

でも結局は、地元にいることにして良かったと思っている。

自分には両手を広げても余裕なスペースや、マイペースで自然でいられる場所にいた方が結果的にはよかった。

ゆるい所に住んでいる・勤めていると自覚があるから、足りない知識や情報やセンスを補おう・磨こうとするし、不安から用意周到になるし、自分がやっていい理由も言葉にしようとする。

それが結果自分の身になっているように思う。

 

そしてこれからは、「どこを目指して何をやりたいのか」を、説明しなくてもわかるようにしていこうと思う。

サロンのオーナーに「あなたが理解できない」と言われても、以前ならちょっと傷ついたと思うけれど今回は全然平気だった。「これからわかるようにしていくから!」と直感的に思ったから(笑)。

 

これも詰めが甘いのかもしれないけれど、「わかるように見える形にしていくこと」と思いついた時はきっと、そうできる準備が整ったということだと思う。

これまでバラバラだったピース(いろいろやってきたことなど)を、一つにまとめ上げていこうと思う。

 

東京だから地方だからは、言ってしまえば個性。

それで良し悪しが決まるんじゃない。

どちらでもとにかく必要なのは、コツコツ磨いて、見える形・言葉にして表に出していくこと。

自分の意思で、自分で動き続けること。

 

「叶ったらラッキ~❤」な遊び心で、もっともっと、怖がらずに、自分のアイデアとか考えを人に話してみる!

新月の約束。

 

 

 

 

2018.5.15 牡牛座新月「Love」

 

 

 

 

 

 

●ご案内●

 

Instagram

saryの日記、音楽版はこちらからご覧いただけます

saryの日記・音楽版 (@sary_diary) • Instagram photos and videos

60秒ミュージックを配信しています

 

 

Twitter

saryの日記 (@sary_diary) | Twitter

日々のことやライブ情報など、ゆる~く何かを発信しています

 

 

そっちじゃなかった!という経験も、活かせれば未来的にはOKなのだ。

 

 

未来は、今から一歩一歩あるいた先にあるもので、

今も、過去から一歩一歩あるいてたどりついたもの。

だったら、どの時点も捨てることはできない。

自分から切り離すことはできない。

ただひたすら、それがあった意味を更新し続けていく。

 

f:id:sarydiary:20180509154250j:plain

 

なーんて思う今日。

GWは仕事、あけて7,8,9日はお休み中。

そんな今、無性に本が読みたくなって、ジャンル問わず読んでいます。

昨日読んでいたのが『マンガでわかる!孫子式 戦略思考』(長尾一洋 著、宝島社)。

ブックオフで安かったから買ったのですが、結構おもしろかった。

中でも「ドメインチェンジ」というのに目がとまりました。

 

 

"―要するに自ら何屋さんか、何業かという認識を変えるのが、ドメインチェンジです。"(本書122ページより抜粋)

 

「花を売っていれば花屋」など扱っている物理的な商材目線の「物理的定義」ではなくて、「花は顧客にうるおいを提供していると考えて、うるおいに特化したうるおい提供業としてサービスする」と顧客に与える機能や効用目線の「機能的定義」にしてみる。(本書100ページからいくつか抜粋しまとめ)

 

 

これまで、ピアノを人前で弾くけれど自分のことを「音楽家・ミュージシャン・ピアニスト」と呼ぶのも呼ばれるのもはなんだかしっくりこなかったんです。

音楽業をしているとは全然感じられなくて・・・自信のなさもあるけれど、違和感があった。

それでこの「ドメインチェンジ」の箇所を読んだ時、自分自身が音楽演奏を商材じゃなくて存在(機能)的に捉えているからだなと思ったんです。

 

 

ライブを見に行くのもするのも実は苦手。

理由は、音楽があまりにもメインだから。

そうじゃなくて、演出の一部・BGM・映画音楽みたいな、周りに馴染んでいる、空気をさりげなくつくっている感じの方が好き。音のベールで包まれた空間内で空気が醸成されている、みたいなイメージ。

 

そのことに薄々気づいてたけれど、こう自覚するようになったきっかけは、縁あって地域のイベントに出たりリゾート列車に乗って演奏したりしたこと。 

イベントに出れば、もちろん音楽はメインになります。ただ、何というか、出演者そのものに目が行くもの。だから、ただ弾いていればいいんじゃなくて、パフォーマンス的なもの、場を盛り上げるトークや曲が求められるのだなと感じていました。でも、それがとても苦手。

リゾート列車でのラウンジ演奏は、車窓の流れる景色にあわせて弾くので、雰囲気づくりの方がつよいかな? 素敵な車両内で、ドリンク片手に、景色と音楽を楽しむ。音楽を楽しんでいる人もいれば、景色やドリンク、お友達とのおしゃべりを楽しんだり、全体の空気感を楽しんだりしている人もいる。中にはトークを求めてくる人もいて、その場合は苦手意識がぶり返しますが。。。

2つの違いは、演奏者がメイン=ステージなのか、お客さんがメイン=ラウンジなのか。対象物としてある音楽なのか、空気としてある音楽なのか。

一概にそうは言えないことは重々承知で、でもわかりやすく書くならそんな感じ。

自分は後者よりなんだなと、音楽活動をはじめて約2年ですが、2つの場所を経験してやっと確信が持てるようになったわけです。

 

自覚すると、今後の対策や比重も考えられるようになると思っています。

だから、そっちじゃなかった!という経験もやっぱり活かせるし、周り道や失敗だと思ったことも、活かせるようになればその経験の意味が更新されていくんだと思うんです。

 

 

今は音楽をやることを、パフォーマンスじゃなくて、空気感を演出すると捉えたい。

品(知的)があって、きれいで、澄んでいて、邪魔にならなくて、自然な空気感。

演奏はメインではなくて、黒子的存在に。だけどなくてはらならいもの。

そういう音楽演奏の提供の仕方を突き詰めてみてもいいよね? 音楽以外にも、空気をつくるサービスをいろいろ考えてみるのも面白いんじゃない?

本を読んでそう思いめぐらせています。

 

ハコをつくって、内装を整えて、内容(提供するもの)が完成した後に必ず必要なのが、どんな付加価値をつけるのか?

それを「空気づくり」と考えて、アプローチする。

私がやりたいのは、どうやらこれなんじゃないか??

 

 

 

今日のカードは「Fortune」=運命の輪。

今日の活動として取り組もうと思ったのは「これまでの振り返りと、本の知識から、未来を考える」こと。

 

明日から新しい会社に入ります。

転職するときは必ず、そこでどういったことを学びたいのか?を考えるようにしています。

今回は「空気を演出すること」について、音楽とその他の視点からいろいろ模索して、学んで経験も積むことなんじゃないかと思うところです。

 

 

 

2018.5.9「Fortune」

 

 

 

 

 

 

●ご案内●

 

Instagram

saryの日記、音楽版はこちらからご覧いただけます

saryの日記・音楽版 (@sary_diary) • Instagram photos and videos

60秒ミュージックを配信しています

 

 

Twitter

saryの日記 (@sary_diary) | Twitter

日々のことやライブ情報など、ゆる~く何かを発信しています

もし、その道の先輩から、「あなたには才能がないからあきらめなさい」と言われたなら、楽なのかもね。

 

 

もし、誰かから、「あなたには才能がないからあきらめなさい」と言われたなら・・・

 

 

今日は『羊と鋼の森』(宮下奈都 著、文春文庫)という小説を読んでいました。

f:id:sarydiary:20180504223842j:plain

2016年の本屋大賞を受賞した小説。

ピアノ調律師になった青年を題材にした物語。

話題になった時からは随分たつけれど、この前本屋で見つけて目に入って気になって手に取って買ってきて。昨日の夜から読み始めて、そしたら話に惹きこまれて止まらなくなってしまって、今日も朝から読んで。

読んでいても思ったし、読んだ後も思ったけれど、話題になったその時ではなくて「今」読んでよかったし、読みたかった本でした。

読み終わって思ったのは・・・結局、自分のことを決めるのは自分なんだ、ってことでした。

 

主人公は、高校生の時、たまたま体育館のピアノを調律する場面に遭遇して、調律師を目指すことにしました。その時の調律師がつくった音に、「これだ」と思ったから。専門学校に通い、卒業して、その調律師が勤める楽器店に就職します。楽器店には、その調律師を含め個性豊かな3人の先輩がいて、3人の現場とアドバイスと音楽観・仕事観・人生観を吸収しながら、自分の自信のなさと葛藤しながら少しずつ成長していくお話です。

「解説」でもあったけれど、主人公は音楽の下地のないことにコンプレックスを抱いて、調律師としての才能があるのか、ちゃんと一人前になれるのか、よい仕事ができるのか、不安を抱えて葛藤して、いわば自分探しの物語でもあります。

 

物語の中で、主人公が「あなたには才能がないからあきらめなさい」と先輩たちから言われることはありません。

むしろみんな、なんだかんだと応援してくれる。

でも、結局、それを吸収して自分の肥やしにして、成果・結果を出せるまで待てるかどうかは、本人次第なところがある。

 

もし、先輩から、「あなたには才能がないからあきらめなさい」と言われたなら・・・

本当は楽なのかもしれないなぁと、読んでいて思いました。

自分より前方にいる先輩にきっぱり言われたなら、あきらめもつくのかもしれない。

客観的に見て断言されたなら、潔く認められるのかもしれない。

 

けれど、前方にいる先輩こそそれは言わないんだろうな・・・

先輩も、才能とか目指すものとかに悩みながら今いるわけで・・・

主人公へ投げかける言葉は、自身への投げかけでもあって、言葉にすることで自分に確認しているような・・・

 

こつこつと、ただやり続けて積み上げていくしかないことも、物語では取り上げられています。

結局は、それをやるんだという執念や闘志、好きだっていう気持ち、情熱。

それがなくならない限り、才能云々であきらめることはないんだろう。

 

 

 

 

5/1のカードは「Actor」・・・カードを見て思ったイメージは亡霊

5/2のカードは「Fear」・・・化け物、エイリアン

5/3のカードは「Anger」・・・足もとから崩れ落ちる

5/4のカードは「Integrity」・・・神殿の入口

 

今ある技術で、カタチだけなら、その役割を演じることはできる。

でも実のところ、自分の力不足、才能の有無に不安を感じて、申し訳なさを感じている。自分でいいのか?と自信がない。

「無い」ことを認めるのは怖い。足がすくむような、化け物にとって喰われるような怖さ。

認めてしまえばあきらめなければいけなくて、それが嫌だからなのか、それともあきらめきれずに苦悩するとわかっていて、それが嫌だからなのか・・・

もし神様がいても、「こうしなさい」とはきっと言わない。言ってくれない。

「あなたの望むようにしなさい」と言うだけだと思う。

だから、自分のことを決めるのは自分なんだと思って、あえて誰にも聞かない。聞きたくない。

それに、正直なところ、誰にもわからない。何がどこでどうこうつながって、もしかしたら化けるかもしれない。それとも何にもならずに終わるのかもしれない。

そういう希望みたいなものがあるうちは、誰かからあきらめなさいと言われてもやるんだろうな・・・

才能があるからやるんじゃなくて、「自分にはこれなんじゃないか」という感覚があるからそこにいる。やっている。続けている。

まだ聞く時じゃない。

自分が納得していない。

納得できるほど、やっていない。

だから・・・やっぱりやるんだよな~

 

4枚のカードをつなげて思うのは、そんなことだったり。

 

 

 

 

"才能がなくても、好きならそれをやってみるべき"

そう、昔、自己啓発系の記事でアメリカの心理学者が言っているのを目にしたことがあります。

ずっと心に持っている言葉。

だからこの前のブログで「仕事だのなんだのではなくて、ただやり続けようと思う」と思ったんだった。

 

こつこつとやり続けるのも、結構苦しい。

進めば進むほど、上限がないことがわかるから。

上には上がいて、自分は途方もなく下方にいると自覚するから。

いっそのことあきらめたくもなるんだけど、でも・・・!と思う限りはあがいて、やってみればいいんだよね。

 

 

 

いい本を読むと、つい感傷的に書いてしまうのはちょっと恥ずかしいけれど(笑)

最近、半年の断捨離ブームを終えて、ぼやけていた自分の輪郭が前よりクリアになってきた気がしています。

やっと本来のスタートラインに立ったような気がしていて、今の自分に、主人公同様言い聞かせるためのメモ。

 

 

 

 

 2018.5.4「Integrity」

 

 

 

 

 

 

 

 

●ご案内●

 

Instagram

saryの日記、音楽版はこちらからご覧いただけます

saryの日記・音楽版 (@sary_diary) • Instagram photos and videos

60秒ミュージックを配信しています

 

 

Twitter

saryの日記 (@sary_diary) | Twitter

日々のことやライブ情報など、ゆる~く何かを発信しています